愛と乱        小堺高志 FILE#00-2-30

なにやら戦国恋愛小説のような題になりましたが実はこれコンプューターの変換ミス、本当の題名は“藍と蘭”という猫のエッセイです。

通称 “あいちゃん、らんくん“と呼ばれる2匹の猫は本名を小堺藍、小堺蘭丸といい、子供のない我々夫婦にとり、まさに子供のように可愛い猫達です。

藍ちゃんは当年とって4歳半、人間でいえば30の女盛りというところでしょうか。彼女の出生は複雑です。だって誰も父親らしい猫を見た人がいないのですから。長い話しをすればこういうことです。

うちの会社の倉庫に数年前から住みついている猫がいました。誰彼となく猫好きな人が餌さをあげ、ここを安住の地として暮らしていました。とはいえ何時も安全な場所だとは限りません。フォークリフトは走り廻るし、時のには外から野良犬もやってきます。それでも3度ほど妊娠し子猫をつれて現れる事がありました。するとまだ小さなうちに倉庫の作業員が捕まえてきて里親を探します。

まだ可愛くて貰い手のあるうちにという親心なのですが、親猫は納得しません、かわいそうにその後数日間は子猫を捜し歩き、やがてあきらめてしまいます。 でもそのころには子猫は幸せな家庭にもらわれ暮らしているのです。そんなことを繰り返すうち、会社の猫好きの人はたいがい3匹くらい飼っていることとなりもう手一杯、そろそろ新しい猫好きを作り貰い手を増やさなければなりません。そこで時折猫好きな素振りを見せていた私が狙われたわけです。

藍ちゃんは6匹兄弟として生まれ倉庫の荷物の影にひっそりと暮らしていたので、最初倉庫の作業員達も子猫が居る事を知りませんでした。そして生まれて二週間目ごろ悲劇がおこりました。パレットの下にいた藍ちゃんたちに気が付かず作業員がパレットをフォークリフトで動かし、兄弟のうちの3匹を潰してしまったのです。

藍ちゃん達3匹はダンボール箱に入れられて猫好きな会社の女性によって私のオフィスに連れてこられました。「里親が見つかるまでTAKのオフィスにしばらく置かせてちょうだい」と言うことでしたが、これは猫の可愛さに抵抗し難い手口です。数時間すると「どれがいいか?」と聞いてきます。「待ってくれ飼うとは言ってないよ」と言いながらも猫の品定めをしてしまいます。一番泣き虫のちびちゃんが気になります。おまけにとっても器量良し、なまいきにお腹にアメリカンショートヘアのうずまきもあります。アメリカンショートヘアー トービィータビーという種類になるそうです。

そのころ家の近所にスプラウトちゃんという、たいそうおりこうと評判の牝猫が飼われていました。外で過ごすのが好きで、飼い主が居ない時は何時も私の家にきて時間を潰していました。どうおりこうかといえば、ちゃんと挨拶ができました。近所では“みんなの猫”とよばれ誰にでも愛想なきと、何度でも名前を呼ばれるとちゃんと返事ができました。あるときは警察犬K−9にもあいさつに行き、その無防備さに大きなシェパードの警察犬が逃げ出しました。スプラウトちゃんは毎晩9時になると自分で玄関にいってドアを開けてくれるのを待ちます。ドアをあけるとちゃんと自分の家に帰って行きます。

そんなことで最初に犬党であった私に猫の可愛らしさを教えてくれたのはスプラウトちゃんでした。

そして猫って飼うのにあまり手間がかからないものだと知ったのもその時でした。そのうち彼女は引っ越していってしまいましたが、そんなことで我が家では猫を飼う要素、環境はそろっていたと思います。

問題は実際の世話をする恵子です。よその猫を可愛がっていたのと自分の猫を持つのは訳が違います。

責任を持って、ずーっと飼わなければならないのです。とはいえ、人間の子供と違い、教育問題等で悩む必要もなさそうです。後で知れば恵子もスプラウトちゃんが越していって以来、猫を飼いたいと思っていたのです。その時は周りに言われるままとりあえず引き取り手が現れるまで一晩預かるとうことで、家に連れて帰りました。玄関で出迎えた恵子に体の後ろに隠していた子猫を出した時の驚きと、嬉しそうな顔は今でも忘れません。

手のひらに乗る子猫を早速お風呂に入れてやるとさらに針金のように痩せていました。綺麗になってさらに可愛いさがまし、その晩は泣きくたびれて 空のテッシュボックスのなかに丸まって寝たのでした。翌朝そのまま飼うことに恵子に異存のあろうはずがありません。

アイダホ州を旅行中に出会った我々がアイダホのアイちゃんと呼んでいた人懐こい迷い猫にあやかり、アイ、漢字では藍と名付けられ、藍ちゃんは我が家の一員となったのでした。

性格はとても優しく、好奇心旺盛、けっこうおりこうです。でも、ときたま赤ちゃんのときのトラウマか大きな音には敏感で、また外に出たがります。恵子にいわせれば「会社の屋根の下にいて、食事を貰っていたのだから、野良ではない」といいはりますが、橋の下の屋根のある所にいたからホームレスでないと言い張るのににてやはり、出生は怪しいと言わざるをえませんが、猫にそんなことをいってもかわいさに血統は関係ないでしょう。

藍ちゃんは我が家に毎日新しい話題をあたえてくれました。我が家に来てそうそう、階段を降りられないはずの藍ちゃんが気が付いたら階下にいました。どうやら踊り場からストンと落ちてしまたようですが、子猫は体が柔らかく、怪我もなく平気だったようです。はじめて固形物を食べた時、初めて鏡を見せた時の反応、世間の親が子育てで感じる感動を藍ちゃんはその何分の一か我々夫婦にくれました。

藍ちゃんが我が家に来て約一年後、何時も行くペット屋さんに買い物にいった我々夫婦はそこで籠に入れられて買い手を待つ5匹の子猫をみていました。そのころ藍ちゃんもかなり大きくなり1匹で留守番をしているのもさびしそうでした。「そうだ、ペットのペットを買ってあげよう」と思い、見繕ったのがその中で一番一生懸命アピールしていた、蘭丸君だったのです。お店の人は5匹とも兄弟だといっていましたが、そのなかには純粋なアメリカンショートヘアにみえるお兄ちゃんや、蘭君のように一部白い部分のあるアメリカンショートヘアー ブラウンタビーホワイトや、黄色い縞模様の妹とお姉ちゃんもいました。

蘭丸は眼に縁取りがありなかなかの美男子、美男子といえば そのころ日本語放送でやっていた織田信長の小姓、蘭丸ということでこの名前が付けられました。

藍ちゃんとすれば自分のテリトリーにちびとはいえ、よそ者の猫が入りこみ、気に入らない事この上なかったようで、激しく威嚇しますがちびちゃんにとっては怒られた経験もないし、テリトリーがどんな意味をもつものか母親から教わっていなかったとみえ、キョトンとしていました。でも仲の悪かったのは最初の1週間だけで2匹もだんだんその距離を縮めていき、ある日階段でお互いの鼻の先をツンとくっ付けあったのです。これが猫社会での仲間同士の挨拶だと知っていた私達はこれで安心と喜びあったものでした。

蘭丸君は臆病者です。たまに天気の良い日に日光浴に15分ほど外に出しても玄関のドアのまえで切なそうに早く入れてくれと泣いています。

知らない人が来るとすぐベッドの下に隠れます。「おまえは男だろう、タマタマが付いていないのか」と、なさけなくなる事もありますが、もっとも、すでに去勢をして、タマタマは付いていないのです。

せめて小姓で、勇ましい侍の名前をつけなくて良かったと思うのでした。蘭丸は最初かすれただみ声で鳴いていて上手く声だが出せませんでした。子猫でハスキーボイスの鳴き声を家に連れてきてから聞いたときには「さては選び間違えたか」 と思ったものですが、今は可愛い声も出るようになり、ころころとしてとても愛くるしい青年となりました。そして藍ちゃんは自分のペットに振りまわされる毎日です。でも仲はとても良い様です。

夏は窓際とか涼しい所を選んでかってに寝ている彼らも、冬になると、人様のベッドの上で寝ます。私は寝相が悪いのか、いびきがうるさいのか、家内のふとんの上で寝るのが常ですが、二匹にのられた家内はピンで留められた昆虫の状態、上にのった猫のじゃまにならないよう 不自然な姿勢で寝ています。

食べ物に関しては甘やかして育てたせいか藍ちゃんはとっても偏食家です。猫餌のドライフードのブランドはサイエンスダイエットしか食べません、ブランドが違うとそっぽを向きます。でも一番の好物は、人間用のツナ缶、まぐろの乱獲に反対するグリーンピースが聞いたら怒り出すでしょうが、家の2匹ですでに、本マグロ2頭分は食べていることでしょう。ブランドもスターキストの缶詰です。

おかげで我が家ではあんなに好きだったツナ缶がどうも猫餌にみえてあまり食べなくなりました。

たまにサンプル等でもらったものは蘭君に食べさせますが、最近蘭君は時たま自分の貰う食べ物より藍ちゃんのほうが美味いものを食べていることに気づいたようです。蘭君の食欲はすごく、ドライフードなどほとんど噛まずに掃除機のように吸い込みます。今では体力的にもすっかり蘭君のほうが大きくなり、お気に入りの場所の取り合いも何時も藍ちゃんが蘭君に譲っています。

2匹で守る事と成ったテリトリー、と言っても家の中と庭くらいですが、朝の見まわりも蘭君が行くようになりました。でも何か音がしたりすれば逃げ返ってくることは言うまでもありません。その点、生後2週間で修羅場をくぐって来ている藍ちゃんは度胸が据わっています。よその猫が我が庭に姿を見せようものなら威嚇して追い払います。そんな時、蘭君はとっくにベッドの下に隠れて震えています。

猫の可愛さとは子猫の可愛さに尽きるのですが、犬と違うのは、大きくなっても、子猫のままのしぐさ、かわいさを持ち続けることでしょうか。まさに愛玩動物、かわいさだけで存在価値のある、猫っかわいがりしたくなる存在なのです。

猫を飼うと外で出会う猫が気になります。猫の小品を見ると欲しくなります。家内は一応 芸術家の端くれ、猫の絵を描きます。さらに粘土で猫のオブジェをつくります。かくして猫の写真、人形で我が家は猫グッズだらけとなりました。

たかが猫されど我が猫、猫に注ぐ、猫に振り回される混の物語でした。

あれ?変換ミスでなく゛愛と乱“という題名でも良かったのかな?